生揚げと焼き豆腐 第5回
朝晩がめっきり冷えてきた今日この頃、晩御飯は、あったかいお鍋がうれしいですね。そんな鍋好き日本人が大好きな鍋でも、おでんとすきやきは、別格で、どちらも日本全国で食べられています。
そのひとつのおでんは、味噌田楽の「田・でん」が語源の料理で江戸時代より食べられています。水切りした豆腐に竹串を刺し味噌をつけて囲炉裏などで焼いて食した形が、伝統芸能の田楽の「高足」で踊る姿にいていたからといわれています。それが上方(関西)より江戸に伝わると、野田(千葉)で盛んに作られるようになった醤油でいろいろな具を煮たものをおでんと言うようになりました。漫画おそまつ君のチビ太が持っていたおでんは、こんにゃく、がんも、鳴門巻きを串に刺してありましたが、鳴門巻きを食することから東京下町だったと察します。三河地方では、今でもホセ(串)に刺しておでんを売っているのは食べ易さや販売のしやすさからでしょう。二つの形に進化したおでんは、三河関西地方では、濃口醤油で煮たおでんを「関東煮」と呼び、味噌おでんといえばゆでたこんにゃくや焼き豆腐をくしに刺して甘味噌をかけるものを指します。
そんなおでんの具材に使われる生揚げは、木綿豆腐を水切りして180℃の高温で香ばしく揚げたものです。関東煮を炊く時に油抜きをして使うことが多いのは、味しみがよくなるのと、水気の多いものを高温で揚げるために油が劣化しやすいのでこれを除くためです。また揚げ加工することで皮ができ、串に刺して煮込んでも崩れないことで重宝されたとは、推測できます。
また語源は中心部が、油揚げに対してみずみずしいことから「生」という言葉をつけて生揚げと呼び、関西では、油揚げを「薄揚げ」といい、それに対して厚みがあることから「厚揚げ」とも呼びます。形は、四角と三角があり、三河地方では、葬式の際の昼食「おひじ」やご法要は、必ず三角の生揚げを使います。これは、四角の四を死と重ねて忌み嫌ったからでしょう。最近では、柔らかい絹豆腐を揚げたものや澱粉や山芋入れたものなどソフトな食感のものも見かけるようになり人気があります。学校給食でも低脂肪高タンパク、安価ということで豆腐以上に多く使われています。
焼き豆腐は、生揚げと同様に水切りした木綿豆腐に焦げ目を付けるように鉄板や炭火、直火等で炙ったものです。生揚げと比べて揚げないので皮が出来ない分、柔らかいことと独特の芳香があること、脂っこくないことが、違いです。用途は、すき焼きの具材が多いのですが、ルーツの明治維新後の牛鍋には入っていなかったそうです。焼き豆腐を使う理由は、一般的な食材として手に入りやすくて荷崩れしないと同時に濃厚な味に淡白な豆腐との相性が良かったのと想像します。
今日の夜は、日頃あまり気にしなかった脇役食材の生揚げや焼き豆腐のウンチクで話しながら、みんなでおでんやすき焼きでもいかがですか。
第6回 がんもの話
豆腐屋の商品の中で一風変わった名称が、関東で「がんもどき」「がんも」関西で「飛龍頭」「ひろうす」「ひりうす」と呼ばれている加工品です。元々僧侶の肉食を禁じた精進料理から生まれた「もどき料理」の一つといわれています。しかし、現代の「がんも」は、どう食べても野鳥の雁の肉には程遠いものです。実は、江戸時代まで「がんもどき」といえばこんにゃくを素揚げにしたものを指しました。こんにゃくは、加熱すると水分が飛んで固く締まるので納得できます。関東で「がんも」と呼ばれることを考えても、上方(京都)から聞き伝えていくうちに変わってしまったのでしょう。関西の「飛龍頭」の語源は、ポルトガル語のフィリョース(小麦粉と卵を混ぜ油で揚げた揚げ菓子)とも言われています。「がんも」のごつごつした見た目が、龍の頭に似ているから、フィリョースに当て字を付けたのでしょう。京都で「がんも」の具材に銀杏を入れるのは、龍が握っているという玉や目玉だとも言われます。
かつて西三河の一部の地域は、ご法要や葬儀、お寺の行事の引き出物に直径15センチ程の「ひろうす」を使いました。昔、物資が豊富でなかった時代、皆で手作りした木綿豆腐に野菜をいれて油で揚げたものを引き出物のひとつにしたそうです。今では少なくなりましたが、「ひろうす」の代わりに油揚げを蓮の花の模様のポリ袋に5枚入れたもので代用しています。これを「おひら」と呼び、語源は「ひろうす」が転じたものだと推測されます。
「がんも」の作り方は、水切りした木綿豆腐におろした自然薯(山芋)をすり鉢でよくこね、人参、きくらげ、昆布、ゴマなどの具材を入れて油で揚げたものです。豆腐屋の場合は、120℃の低温槽と180℃の高温槽で油揚げと同じように二度揚げします。こうすることで網目構造が出来、味染みが良く日持ちのよいものが出来、煮物用にします。料理屋さんは、玉子を入れたりした柔らかい生地で170℃位の揚げの一度揚げにし、表面サクッの中フワッの食感で揚げたてをいただきます。
「がんも」のように古来より木綿豆腐を水切りした物を各種の加工用原料に使われることが多く有ります。飛騨地方の保存食の「こも豆腐」は、水切り豆腐を良く練って藁で包んでお湯で煮たものです。他にも、近海魚のすり身とあわせた鹿児島県のさつま揚げや鳥取の豆腐ちくわなどもあります。豆腐とごぼうのすりおろしを海苔に塗り焼いてうなぎの蒲焼風にした豆腐の蒲焼など料理メニューも多くあります。豆腐が多く使われる理由は、何でも相性のよい淡白な味と柔らかい食感、手に入りやすい安価な材料だったのでしょう。最近では、畜肉と合わせてとうふハンバーグなど各種加工食材にも使われるのは、植物性タンパク、ノンコレステロール、低カロリーといったヘルシー感が受けているようで時代の変化を感じます。
第7回 豆乳の話
私の子供時分のころ、豆乳を毎日予約して買われる近所の方がいて、お店で美味しいそうに飲んでいかれるのを見ていました。なんだか自分も飲んでみたくて、親からもらったものの、子どもの舌には、まったく期待はずれの味だった覚えがあります。そんな豆乳も今から20年前にブームが起き、たくさんの商品が発売されました。しかしブームに乗った粗悪品も出来たりしたことで、やがて廃れてしまいました。その時にJAS規格が出来、豆乳の固形分量で「豆乳」「調整豆乳」「豆乳飲料」の3種類に分類され、細かく基準が作られました。その後の業界の努力と新規参入や新商品の投入でここ数年は、消費が拡大しています。
しかし豆腐屋さんの豆乳と飲料の豆乳では、製法に違いが有ります。豆腐屋さんの豆乳が、タンパクを抽出して固形物にするための途中製品に対して、飲み易さがポイントの飲料用の違いだからです。飲料用は、臭みを嫌うのでこれが出ないように作ります。大豆に含まれる酵素リポオキシゲナーゼは、摩砕時に油分と反応して特有の青臭さを作ります。この反応がないように高温水で摩砕したり、酵素を多く含む配軸を除去したりしているのが特徴です。
面白いことに日本人は、この青臭くなった豆乳を加熱して不活性化したときにできる匂いが、豆腐の特有のものとして大好きです。豆腐に匂い?と思われますが豆腐を口に含んで鼻から息を抜くと香る匂いがそれです。欧米人は、この匂いが大嫌いですので、現地での製法は、なるべく出ない方法を使います。アメリカでは、放射線処理で酵素を含まない大豆を開発して豆乳用に使用したりしています。日本でも九州農試が開発したエルスター大豆もあり、我が社でこれを原料に豆乳を作って販売したところ「味がない」「コクがない」といった意見が寄せられました。やはり、日本人は、豆腐の匂いも感じて食べていたんですね。
最近では、専用の機械も発売されていますが、豆乳作りは簡単ですので、家庭でも試してみましょう。①大豆を良く洗い、一晩水に漬けふやかす②乾燥大豆の6倍の熱水を加えてジューサーで細かくひく。③漉し布でおからと豆乳に分ける④中火で約15分青臭みがなくなるまで煮る。これだけで美味しい豆乳の出来上がりです。一日に150g程度の豆乳(豆腐)を飲むと成人女性に必要なイソフラボンが摂取できるといわれています。アメリカの珈琲チェーンでは、ソイラテが人気だそうです。日本でも最近は、フレッシュジュースのお店で豆乳のジュースも見かけるようになりました。また、各種のデザートやお菓子、惣菜にも活用されるようになったことが、20年前のブームとの大きな違いでしょう。ノンコレステロール高たんぱくで有用成分(イソフラボン、サポニン)の多いおとうふやさんの豆乳を飲みましょう。
第8回 おからの話
豆腐を作る際に必ず発生する副産物が、おからです。おからの語源は、大豆の殻=カラで丁寧語の「お」がついておからになりました。他にも白色から「卯の花」の白い花にだぶらせた言い方もあります。今では古語になっている地域も多いのですが「きらず」「雪花菜」というのもあり、語彙は「切ら不」で、包丁で切らない野菜ということです。
調理方法は、おから煮が代表的で、乾煎りして作る炒りおからが一般的です。炒ることによって水分が減って吸水性があがり、出汁の味しみがよくなるからです。かつては十分な冷蔵設備がなかったりしたため、傷みが早かったということもあります。衛生的で新鮮なおからが手に入れば、炒らなくてもそのまま使うことが出来ます。子供時分の我が家では、冬にすき焼きをすると翌日残った汁に生おからを入れた簡単なおから煮が良く出てきました。このおから煮の味付けは、最後に食酢を少量加えるのがポイントで、味が締まり美味しく召し上がれます。魚の煮汁でも美味しくできますので、一度、お試しあれ。
かつて三河地方では、冬大根の収穫時になると農家の方がバケツでおからを買いに来られました。おからの大根漬けをするためで、塩漬けした大根をおからとサッカリン、色粉を入れて漬け込みます。防腐剤を入れないので春までに食べきってしまいますが、黄色の沢庵が冬の食べ物だった所以です。家を新築するとやはりバケツでおからを買いにいらっしゃいました。おからを手ぬぐいに包んで敷居や廊下、床の間を磨くとピカピカになるということで重宝されていたものです。女性の方の洗顔用にも、さらしに包んで使ったとも聞きます。今、流行っている豆乳ローションも同じ効果ですね。
現在のおからの利用方法は、産業廃棄物として処理されるものも有りますが、ほとんどの大手メーカーは、乾燥処理施設を持ち衛生的処理し、食用や飼料用に有効利用されています。乾燥おからは、繊維質やタンパクを多く含む有効的な食材ですが、パンなどのように膨らます食品は、膨化阻害を起こし、食感のざらつきが気になります。これらを上手にカバーできれば、面白い商材になります。食品以外でも猫砂やきのこの培地、釣りの撒き餌、プラスチック製品の増量材などにも使われています。
最近では、おからの出ない豆腐もありますが、まだまだ主流ではありません。大豆を粉砕するときのコストがかかるというのが大きな理由ですが、食味や食感が普通の豆腐の味を超えないという点がポイントでしょう。食物繊維がたっぷりのおからを煮物だけでなく、ハンバーグやコロッケなどに使い、ヘルシーなメニューもたまには、いかがですか?